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雄一老見聞録

第十五回 『私の教科書』


 25年ぐらい前の事ですが、日本の卓球が世界に覇を唱えていた時分に何回か世界選手権に出場されて世界チャンピオンにもなられた方の、講演を聞かせて頂いたことがあります。

 子供達の指導についてのお話でした。その時はそんなに感じてはいなかったのですが、講演を聴く時メモをとるのが私の癖でした。その後、そのメモのことはすっかり忘れていました。

 聞いた時はなるほど、なるほどと感心して、指導とは、このような考え方でなければならないと思いました。

 その後、いろんな経緯から、子供達の卓球の面倒を見ることになりました。

 そこで、その時のメモが子供の卓球の面倒を見る、教科書になりました。

 そのお話のお陰で、「教える」とか「指導する」と言う言葉は私の中には存在しないことになりました。

 私の卓球に対しての基本的な考え方になりましたその時のお話を再現して見ますと以下の様になります。

  1. 卓球を大好き子供にしなくてはならない。
  2. 好きなことだから楽しいのである。
  3. 楽しいからがんばれるのである。
  4. 指導者が、子供を大きな声で怒鳴ったり叩いたりしているのを見かけるが、それは指導者が素人だからである。子供と同じレベルであるからである。
  5. 子供の気持ちの中に、やらされているという思いを起こさせてしまってはダメだ。それでは楽しくないからだ。楽しくないことには必死にはなれない。
  6. 野球を例に取ってみると、アメリカの打者は実に様々なフォームで打っている。そして日本よりはるかに良く打つ。
  7. 日本では、フォーム等の形を重要視するコーチが多い。
  8. 日本ではコーチの言い付けは絶対であり、あたかも、弦を一杯に引き絞った弓矢の様な状態で練習に励み、そして試合に臨んでいる。これでは、終盤のここ一本と言う土壇場に来てからの心の余裕は生まれない。土壇場で勝負に勝つには心の余裕が大切なのである。
  9. この様な育て方をされた子供達は、優等生的な忠実なプレーは出来、国内では通用するかも知れないが、世界に通用しない。
  10. 勝つものは、最後に何をしでかすかわからない爆発力を秘めているのである。
  11. 最後に爆発する力を選手に持たせるには指導者の練習、試合に対する考え方を転換しない限り不可能である。
  12. つまり、無理なトレーニングを課したり、変に優等生的に育てたり、目先の試合に勝つことを要求したり(促成栽培−今の指導者は早く強くなることを子供に要求し過ぎて、その子供の大きく育つ芽を摘んでいる)、失敗したら大声で怒鳴る等を言うのである。子供の個性を大切に育て上げること、それは、子供の人間の器を大きく育てていくことに他ならない。
  13. 子供の個性が分からなければ、当の本人に聞けば良い。子供の好み(子供にとってもっとも使いやすい用具。もっともミスの少ないフォームなど)が一番良いのである。
  14. 指導者が勝手に良いと思いこんでいることを押しつけられるのは、子供にとって実に有難迷惑なのである。
  15. 子供の個性は大切に育てなければならない。
  16. 現在はしごきが選手のためだと思っているが、それは決して選手のためではなく、指導者の自己満足にしか過ぎない。
  17. そして子供(選手)が自分と同等のところまでのぼって来たら、認め尊重する事。
  18. そして大海に送り出してやること。選手を自分の持ち物と勘違いしないこと。
  19. コーチは何時までも心のオアシスであるべきだ。

 以上のようなことをメモっていました。その後は、絶えず手元に置いて読み返していました。でないと、子供が試合に勝ったのは自分の教え方が良かったから、負けたのは子供が自分の言うことを聞かなかったから、だなんて無責任な考えを起こしがちなものですから。

 それ以来私は、教えるのではなく、卓球大好き人間にして、強くなろうと努力している子供の手助けをするのが、大人の役目だと考えるようになりました。

 以後、私には「指導する」とか「教える」とか言う言葉は有りません。

 ただ、子供がが進歩しようとするのを「手伝い」をさせて頂き大いに楽しませてもらって来ました。

 時間がとれましたら、上記メモの一つ一つの項目に対して、私の反省を書かせて頂こうと思っています。

雄一老(yuu@Pingpongfan.net)


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