Home|About|His|Soft|Plaza|BBS1|BBS2|Text|Class|Link

戻る
◆武蔵野卓球場を求めて・・・ (130) 2001/03/21
先日,東京地区に出張に行ってきました.今回の東京出張は2泊3日だったのですが,一人きりの出張で,夜は特別に何もすることもないので,以前に雄一老さんに紹介して頂いた雑誌 Number (pp.107, 6月号, 1999)の「武蔵野のローレライ」を参考に,宿泊先のホテルである町田市から吉祥寺に行き,荻村さんがかつて練習をしていた『武蔵野卓球場』に行ってみることにしました.

その記事の書き出しには,次のようにあります.

---------------------------------------------------------------------
『東京・吉祥寺の五日市街道と宮本小路がまじわるところに,かつて木造の小さな卓球場があった.今は紳士服の店舗が立つその角地からほんの50mほど歩くと,姿を変えた現在の卓球場がある.
ほとんどの人は,気づかずに通り過ぎてしまうだろう.一見普通の民家としか映らない二回建ての家屋には,今年で80才になる女性が一人で暮している.男性の名前で表札が掲げられているのは,酔っぱらいによるいたずらを防ぐためだという.
「武蔵野卓球場」と横書きされた木製の看板は玄関の扉の向こう,低い天井のすぐ下にひっそりとか掲げられていた.同じ大きさで,「青卓会練習場」という看板も並ぶ.
戦後の混乱期に産声をあげてから半世紀.28坪という広さのまま建て替えられた卓球場は,埃っぽい気の香りの中に歴史を閉じ込めている.3台の卓球台と大きな鏡.窓には暗幕がかけられ,壁に掲げられたいくつかのスナップ写真の真ん中に,あの人はいた.
小さな卓球場から世界に飛び出したあの人は,こんな詩を残している.
天界からこの蒼い惑星のいちばんあたたかくなる緑なる点を探すと武蔵野卓球場が見つかるかも知れない.
もう何度読み返しただろう.武蔵野卓球場主で青卓会会長でもある上原久枝は,この三行から始まる一篇の詩にいつも心を癒されるという.』
---------------------------------------------------------------------

それにしても,情景が眼前に浮かぶ,流れるような非常に美しい文章ですね.
特に荻村さんの詩がすばらしい.

それで,記事に書いてあるように,今は卓球場はないようですが,近くに現在の武蔵野卓球場があるようですし,誰かに聞けばすぐに分かるだろうと思い,行ってみようと思ったわけです.手がかりの場所は,吉祥寺,五日市街道,宮本小路です.あらかじめ,web の yahoo map でこれらのキーワードを入れて調べておきました.世の中,便利になったものです.これらのキーワードを入れると簡単に場所が出てきました.吉祥寺の駅から歩いても5分程度らしいので,町田から少しと遠かった(1時間ほど)ですが,出かけました.

吉祥寺駅から駅前の繁華街を抜け,少し歩くと,簡単に五日市街道が見つかりました.後は,宮本小路です.これも簡単に見つかりました.五日市街道は一般の幹線道路ですが,宮本小路の方は住宅街の中を抜けるような幅数メートル程度の小さな道でした.

さて,肝心の卓球場跡です.紳士服の店舗ですが,それがありません.紳士服の店舗だったらしいところは100円ショップに代わっていました.
五日市街道も普通の道路ですし,当時の面影は何もありません.ちょっと興ざめでした.しかし,その当時は戦後間もない時ですし,それは推測できることです.ですが,宮本小路に一歩入ると,そこは昔ながらの木造の家も少しはあり,昔の感じを何となく彷彿させます.感じの良い住宅街でした.

それで,今の「武蔵野卓球場」を探すことにしました.私の想像では,大阪の上六卓球場(この卓球場も由緒正しき場所ですよね.確か,星野さんや江口さんも練習されたのですよね)のような感じだろうかと思っていました.それで,宮本小路の道行く人に「この辺りに卓球場はありませんか?」と聞いてみました.ところが,皆首を横に振るばかり,こんな住宅街に卓球場があるわけないでしょう.と言うような感じの人もいました.「いえ,そうじゃなくて,有名な卓球場ですよ.武蔵野卓球場!」と言っても,「さぁ??」と言う感じです.
「ボーリング場なら近くにあるよ,そこで卓球ができるんじゃないのかなぁ?」
と言う人もいて,「そうじゃなくて,武蔵野...」と言っても通じません.
昔から住んでいると聞いた中華料理屋のご主人にも尋ねてみましたが,「そう言えば,昔の昔,卓球場があるって聞いたなぁ...でも,それがどうしたの?」と言われ,「有名な世界チャンピオンが出たところの...」と言っても,「誰? 荻村? 知らないね...」と言われ,「そんなにすごい卓球場だったの? 記事にもなっているの? 初めて聞いたよ」と言われ,逆に卓球場を解説する羽目にもなりました.本当にがっかりです.「ちょっと,我が町の英雄,名高い卓球場のことぐらい,覚えていてよ」と心で思いつつ,拍子抜けと同時に,ご近所の皆さんが全然,荻村さんの通った卓球場を知らないことに愕然とし,なんだか残念で残念で仕方がなかったです.たかが卓球,されど卓球
なんだけどなぁ....

仕方がないので,宮本小路の中を探したり,周りの道路付近を尋ねたのですが,最初から手がかりがないので,そう簡単に見つかるわけがありません.
近くにあったスポーツ店で尋ねたところ,「何人かが同じ質問をされますが,私も知らないのです」と言われました.
その何人かは私と同じような印象を味わったことでしょう.もちろん,それなりに記事を書いた城島さんや江口さんに聞けば,今の武蔵野卓球場の場所を簡単に知ることもできたでしょう.また,次回,是非訪れてみたいと思っています.でも,今回,ちょっとショックだったのは誰もがそんな有名な卓球場を知らないという事実でした.

卓球の起源の場所,英国でも卓球の歴史館や記念館があるということを聞いたこともありません.中国が起源の国と思っている人も多くいるようです.これがテニスでは違います.ちゃんと歴史や歴史的建造物が残っています.
日本も同じでしょうか.卓球というスポーツの特性でしょうか.先輩の選手方々の歴史や苦労,歴史的建造物どころかご近所の方々の記憶にも残っていない.
何となくやるせない気持だけが残りました.

少なくとも,上六卓球場だけはずっとずっと覚えていたい.そんな決意だけを感じた出張先での出来事でした.


130
ihaya@pingpongfan.net
戻る


Home|About|His|Soft|Plaza|BBS1|BBS2|Text|Class|Link
Copyright 2000,-2003 PingPongFan.Net All rights reserved